いとわからないつて云ふぢやないの。
卯一郎 だから一人の医者にきめようと思ふんだが、これといふのに、まだぶつからないんだ。今まで診《み》せたうちで、博士といふ奴が三人もゐたけれど、一人として、命を委《まか》せてもいゝと思ふやうなのはゐなかつた。第一、見立てがあやふやだ。一週間で直すと云ひながら、一月《ひとつき》かゝつても直さない。初めのうちは、効《き》かない薬を飲ましよるに違ひない。
とま子 さうぢやないのよ。あんたの病気ぢや、大概のお医者が困るのよ。だつて、病気つて云へるほどの病気は、ひとつもないんですもの。
卯一郎 それは、お前の口癖だ。非難とも取れるし、慰めとも取れる。どつちにしても、おれには必要でない。いゝかい、最後にもう一度云ふが、おれが病気だと云つたら、お前だけは、もう少し、同情してくれ。痛いと云つたら、どれくらゐ痛いか察してくれ。それでこそ夫婦ぢやないか。そこは腹だよ、もつと上だ、心臓は……。
とま子 (笑つて)こなひだうち、さんざお腹《なか》を揉まされたもんで、まだ癖がついてるんだわ。
卯一郎 笑ひごとぢやないよ。あゝ、苦しい。呼吸《いき》が苦しい。枕を低くしてくれ。下へ誰か来たやうだ。行かなくつてもいゝ。水をくれ、水を……。
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女中がはひつて来る。
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女中 今田さんつていふ方《かた》がいらつしやいました。
とま子 男の方《かた》、女の方?
女中 女の方でございます。
とま子 末子さんだわ、こつちへお通ししてもいゝでせう。
卯一郎 今頃見舞か。
とま子 ぢや、こゝでいゝわ。(女中去る)少し片づけませうね。
卯一郎 何時《いつ》客が来てもいゝやうにしといてくれ。部屋つていふもんは、片づいてるのが常態だ。いざつていふ時だけ片づけるなんて、それや物置きか掃溜《はきだ》めのこつた。その書附けはこつちへくれ。なんだ、もう丸めたのか。
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今田末子が上つて来る。とま子よりも二つ三つ年上かと思はれる女。手土産《てみやげ》の菓子折を提げてゐる。
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とま子 まあ、しばらく……。
末子 お加減はいかゞ……。でも、明日は明日はと思ひながら、そら、子供がゐると
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