を作りに参ります。
卯一郎  姓名と月日のところは、余白にしといて下さい。また、何時《いつ》か何処かで役に立つでせう。やれ、やれ、これが現代の医学か。人間の命を、さう軽々《かる/″\》しく取扱つて貰ひますまい。君達は、何を知つてるといふんだ。本に書いてあることは、生きものに通用しないんだ。いゝか、わかつたか。この通り、おれは生きてるんだぞ。一人の医者は、大丈夫だと云ひ、もう一人の医者は、駄目だといふ。どつちも、気休めだ。そんなことが、君たちにわかるか。その証拠に、両方とも、おんなじ注射だ。命取りの注射だ。帰つてくれ、帰つてくれ。金は後から払ふ。

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医師二人は、顔を見合せて、何か合図をして、そのまゝ、出て行かうとする。
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卯一郎  ちよつと、先生……津幡先生……その注射を、うんとやつてみたらどうです。効《き》くまでやつてみたら……。
津幡  あゝ、ぢや、やつてみますか。
卯一郎  奇蹟でなく、希望はないですか。
津幡  さあ、希望は、まづ、ありません。あると云つては、※[#「言+墟のつくり」、第4水準2−88−74]になります。
卯一郎  ※[#「言+墟のつくり」、第4水準2−88−74]になる? ※[#「言+墟のつくり」、第4水準2−88−74]でもいゝといふことになれば……?
津幡  それは、御勝手……。さあ、どうしますか。次の患者を待たしてあるんですが……。
卯一郎  やめときませう。医者の尊厳のために、無駄な手当はよしませう。但し、わたしの命が明日の朝までだなんて一切、誰にも云はないで下さい。あゝ、実に、いゝ気分だ。さよなら、皆さん……。

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医者二人、去る。
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卯一郎  (起ち上らうとするが、すぐに倒れる。呼鈴を押さうとしても、手が届かない。そして、その手が、ぐつたりと下に垂れる)おれの……足は……何処へ行つた……。お……お……奥さん……奥さん……。い……い……息が……。

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長い沈黙。
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卯一郎  あゝ、夢をみてゐた……。おや、手……手……手がないぞ、手が……。

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