のかな。しつかりしろ。あ、医者が来た。お前はゐなくつていゝ。

[#ここから5字下げ]
なるほど、医師松原延蔵が女中に案内されてはひつて来る。
[#ここで字下げ終わり]

[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
卯一郎  いつぞやは……。
松原  やはり、いけませんか。
卯一郎  今度は、心臓らしいです。時々|発作《ほつさ》が来て、ひどく苦しいのですが……。
松原  (脈をみながら)何時《いつ》からですか。
卯一郎  今朝から急に、息がつまるやうで……。
松原  はあ……。(聴診器を取り出し、胸にあてる)
卯一郎  大体のところは自分にもわかるんですが……。
松原  ちよつと……。
卯一郎  一応、先生の御見立を伺つた上で……。
松原  黙つて……。
卯一郎  別に、手当の……。(急いで口を噤《つぐ》む)
松原  さうですな。どなたか。お家の方は……。
卯一郎  わたくし、うちのもので……。
松原  いや、奥さんか、どなたか……。
卯一郎  先生、家内《かない》には、なんにもおつしやらないで下さい。危《あぶな》いですか。
松原  なに、決して、そんな御心配はありません。たゞ、手当について……。
卯一郎  手当と申しますと……。
松原  いろいろありますが、先づ、差当り、心臓を冷やしていたゞきませう。それから、足の方に湯タンポを入れて……。
卯一郎  なるほど、湯タンポぐらゐなら、かまひますまい……。
松原  注射はおいやですか。一本、念のためにやつときたいですな。
卯一郎  念のため……。はあ。念のためと……。まあ、そいつは、見合せていたゞきませう。どうも、わたしのからだに、注射は適せんやうですから……。
松原  そんなことありませんよ。普通の強心剤ですから……。
卯一郎  まあ、手当の方は、ゆつくりで結構です。心配はないと何へば、あとは、自分でどうにかやれるでせう。
松原  しかし……。
卯一郎  しかし、いよいよ、助からんものなら、これや、止むを得ませんが……。
松原  助かるとか助からんとかは、手当をしてから後の問題でせう。
卯一郎  おほきに……。手当をしたために助からなかつたといふ例もありますしな。
松原  そんなことを云つたら、医者の必要はなくなります。
卯一郎  お説は、大体わかりました。
松原  くどいやうですが、医者として……。

[#ここか
前へ 次へ
全22ページ中18ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岸田 国士 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング