潜ませてゐる。

 お互に恋愛のできないやうな男女が、なんの必要から友情関係を結ぶのか、筆者にはさつぱりわからんのである。異性の友だちに求めるものはなにか。与へるものはなにか。肉体的交渉は別として、恋人同士が与へ合ふもの、夫婦同士が与へ合ふものと、どこが違ふのか。違ふとすれば恐らく、「それとはつきり云はずに」与へ合ふところ、ただそれだけである。
 しかし、それは正《まさ》しく、近代青年男女の好みに適つた「恋愛遊戯」の一形式に相違ない。その意味に於いて、異性間の友情と称するものを筆者は興味深く感じてゐる――云ひ換へれば、凡そ、君子の交りから遠いものであるといふ意味に於いて。
 そこで、今、二人の男女を仮定する。二人は、何かの動機で交際をはじめる。一緒に散歩をし、一緒にお茶を飲み、一緒に映画を見物し、一人が病気になれば、一方は見舞に行き、又は見舞の手紙を書き、彼は、彼女に一寸した贈物をし、彼女は、例へばそれが手袋なら、その次に会ふとき、それを手にはめて行き、夜遅くなると、彼は彼女の家の門口まで自動車で送り、彼が就職口を探してゐれば、彼女は伯父さんに彼の話をしてやり、彼女が母親と喧嘩をした話
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