り、その反応の結果が、禽獣にあつては、直ちに利用されるのであるが、人間は、その点、なかなか儀礼を心得てゐる。
友情あるのみと自称する異性同士が、意識的に「性的示威」を行ふなど、以ての外であるが、これは恐らく、慎むことが至難の業であるのみならず、無意識的に行ふそれに至つては、自ら保証の限りではない。
相手が若しも、それを感じないとすれば、ここに重大な問題が起るのである。曰く、彼乃至彼女は、一方が性的魅力に欠けてゐるか、さもなければ、一方が性的感性に於いて、不具者なのである。
恋愛感情を制するといふことは、恋愛を感じないといふことではない。多少とも恋愛的感情をもつといふことは、普通、友情とはいはないのである。
そこで、異性を友だちにもつといふことは、その間に恋愛の発生を予想しなければならず、それが若し、何等かの理由によつて表面に現はれずに済むとしても、その関係は極めて不自然で、必然的にある種の「悩み」を抱き合ふことになる。その「悩み」を、互に享楽する傾向は古来、男女関係の最も進化した一面であり、軽重濃淡の別こそあれ、総ての人間が、この種の「悩み」を、果敢ない「夢」として心の一隅に
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