――「自分を救ふ道はたつた一つしかない。あの人を絶対に信頼することだ。さうすれば、決してやり損ふことはないだらう。知らないで万一やり損つても、あの人が教へてくれるだらう。さうして赦してくれるだらう」と。
 時々、彼女が子供たちを見守つてゐると、実に子供たちに近く見えて、まるで子供たちは彼女の二本の枝みたいだ。
 彼女の心はその眼に表はれてゐる薔薇色の心だ。太陽のやうな心だ。
 彼女の眼の底には、網膜の上には、愛情にも曇らされない一つの鏡、一つの小さな部分があるのだらうか。そして、そこには私も美しくは映らないのだらうか?
 彼女の剥き出しの腕には涼味がある。
 私にはマリネツトがある。私はもうなんにも要求する権利はない。
 彼女のそばでは、私は、「俺の作品は……」とか、「俺の特質は……」とか、「俺の才気は……」とか平気で云へる。そして、少し躊躇しながら、「俺の才能は……」とも云へる。彼女はかういふ云ひ方を実に自然に受け取つてくれるので、私の方でも、ちつとも気はづかしさを感じない。
 彼女が私をよくしてくれたかどうか、それははつきりわからない。然し、見たところは確かによくなつた。
 彼女が
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