その代り、泣いてゐる子供がふと玩具を見せられて泣き止んだ時の、云はゞあのほつとするやうなものが潜んでゐる。
天真爛漫は、彼に於いては、まことに痛切な救ひなのである。そして、彼をその状態におき得るものは、天下に細君一人なのである。
彼のけち臭い自尊心、蒼白い懐疑、燻ぶる反抗精神が、彼女の前で、雲散霧消する現象は、まことに、壮絶の極みである。尤も、壮絶といふ言葉に皮肉な意味はない。或ひは悲壮といふ方がいゝかもしれない。事実、私の胸は涙でいつぱいになることがある。
彼はあるところでかう書いてゐる。
「マリネツトは、次第に伸び育つて怒りになりさうな私の不機嫌を、芽生のうちに摘み取る術を知つてゐる」と。
世間にかういふ細君が絶無であるとはいはない。また、自分の妻の美点を、かく知り、感謝の念を以てかく語る男が、まつたくゐないとは限るまい。しかし、ルピツク夫人を母親にもち、「自分は誰からも愛されてゐない」と叫ぶ少年「にんじん」の生涯を考へたならば、結婚が彼にもたらした一つの幸福について、われわれはそれを単なる幸福といふ言葉で片づけ得るであらうか?
表を見せれば、必ず裏を云ふ彼、成功の蔭で自
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