・エン・ドルウといふのである。
 このお化けは決して人に危害を加へない。たゞ手におへない悪戯者である。殊に漁師はさんざん弄りものにされるのである。
 よく、牛の姿をして、浜を走りまはつてゐるのを見ることがある。どえらい声で唸る。真夜中など、あまり気味のいゝものではない。
 ある日、一人の農夫が、飼牛が見えなくなつたので、日が暮れるまで探しまはつた揚句、やうやく見つけて、牛小屋まで連れて来ると、それが急に人間の姿に変つて、大声で笑ひながら、手を叩いて逃げて行つた。

 嵐の前には、きつと、岸の上で悲しさうな声が聞える。
 夜中に、村ぢうに聞えるやうな声で、怒鳴るものがある。
「やあい、みんな来い、昆布が山ほど浜にあるぞ」
 漁師や農夫たちは、熊手や車を用意して、大急ぎで出かけて行く。行つて見ると、なんにもない。
 コオレ・ポル・エン・ドルウは手を叩いて笑ふのである。そして海の中へもぐつてしまふ。
 度々、魚に化けて漁師の網にかゝる。家へ帰つて、いざ料理をしようといふ段になると、人間の姿に変つて、笑ひながら逃げて行く。

 此の附近の漁村には、大抵、かういふ怪物が一人――一匹づゝ棲んでゐる
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