眼は絶えず笑つてゐる。そして視線は動いてゐる。
前にも書いたことがあるが、アンドレ・ジイドの「サユル」を稽古にかけ出してから、コポオは非常に気むづかしくなつた。
ある日、私は、作者のジイドと隣り合つて稽古を見てゐた。
コポオは自ら「サユル」に扮するのだが、ある場面で、ジイドが
「おい、君、君、其処は下手へ引込むんだよ」と注意した。
コポオはやり直した。が、また、平気で上手へ引込んでしまつた。
ジイドは、ちらと私の方を顧みて、苦笑した。
「ねえ、コポオ、今のも……」
「わかつてる」とコポオは、冷やかに云ひ放つた。「此の引込みは上手でなけれや不自然だ」
「だつて、庭は下手だよ。そのつもりなんだ」
「どら……」と、またやり直して見て、やつぱり上手へ引込んだ。
ジイドも、流石にあきれて、肩をぴくんと聳やかした。
余談であるが、此の時、ジイドは、私の方に手を出して、英語で、「マッチをおもちですか」と問ふのである。勿論煙草を喫ふためであるが、私は、彼がなんのために、ここでわざわざ英語を使つたか、甚だ腑に落ちないのである。なぜなら、それまで二人は仏蘭西語で話をしてゐたのだから。私が「V
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