ふから、なるべく黙つてゐる。それでも稽古の時など、私が腰かけてゐる席の際に腰をおろしたりすることがあると、舞台に向つて投げかける小言の合間合間に、私の方へ何かと話しかけることがある。それも、大概は、こつちの返辞なんか待つてゐないのである。それを知つてゐるから、私もいちいち返辞なんかせずに、笑つたり、肯いたりしてゐるだけで、うまく調子が合つて行くのである。
「サダヤツコつていふ女優は、あれや、ほんとにえらいんですか。駄目、駄目、その調子は……もう一度やり直し……」
といふ風に、コポオは、人をなんとも思つてゐないらしい。

 私はバッケの勧めで、自由に科目を選択してもいいといふ条件で附属演劇学校に籍を置くやうになつたが、コポオの講義だけは欠かさずに聴いた。
 その講義は、殆ど座談に近いものである。席に着くと、一座を眺めまはして、ニヤリと笑ふ。なにか悪戯をしたさうな顔つきである。一番前の列に、かしこまつて坐つてゐる一座の若い女優を見つけると、「寒いね」とか、なんとか云ひかける。それから、天井を見上げる。はじめは聴き取れないほどの声で喋舌り出す。少し吃り加減な口調が、次第に熱を帯びて来る。が、
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