を見ると、私はやや自分の鑑賞眼を疑はないわけに行かなかつた。私は、勉強のために、此の戯曲を丁寧に翻訳してみようと決心した。
彼の作品は、まだほかに、「ある女の一生」「トリスタンとイゾルドの悲劇」「テエブ王ウディイプ」「勝祝ひ」「王者の悲劇」「奴隷」などがある。「子供の謝肉祭」は、初演当時、殆ど劃時代的のセンセイシヨンを招いたが、その成功の一半は勿論演出の奇蹟的効果に帰すべきであるとしても、此の戯曲が、何処かに、時流を擢んでたある独自なものをもつてゐるからで、その点、私の努力は無駄でなかつたと信じてゐる。
多くの批評家は、彼の作品を通じて、マアテルリンクの影響が少くないことを指摘してゐる。私も同感である。読者諸君もすぐにそれは気づかれることであらう。ただ此の作者が、その偉大さに於てでなく、思想的に、かのフラマンの神秘主義者と異る処は、恐らく此の仏蘭西人が、所謂自ら云ふところの「良識《ボン・サンス》」を尊ぶあまり、却つて、「良識」ならざる「常識」的人道家の域に止まつてゐるであらう。
しかし、一方、彼は、ロマン・ロオランの所謂「民衆の為めの芸術」に食指を動かし、シェイクスピヤの自由なフ
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