偶《たま》に勝負事で儲けることがあります。――勝負事つていふのは、どういふことだ? 公然とは云へないことですが……麻雀とか、花とか……。――何処で? それは云へません。――この婦人、つまり君の細君は君と結婚する前に、どういふことをしてゐた? どういふことと云ひますと……? 家庭にゐたのか、職業をもつてゐたのか? 家庭にゐました。たゞ母親が一時麻雀倶楽部をやつてゐました。従つて、その方の手伝ひは……。――よろしい。その場所は? 大森山王……番地は覚えません。浅見といふ家です。――一緒になる前に、別に異性との関係といふやうなものはなかつたかね? さあ、そいつは、保証できません――噂でもあつたのか? さあ、僕の口からはなんとも云へません。
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長い沈黙。
やがて、また問答が続けられるのだが、今度は、問ひかける声が、男自身の口から発せられるのか、それとも、別に何者かが事実問ひを発してゐるのか、その区別がつかなくなり、遂に、それは明らかに、男彼自身の声でないことがわかる。即ち、何処からともなくある訊問者の厳かな、しかも職業的な声が漏れて来るのである。男は、極めて自然にその声
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