ない。思ひ違ひ、言ひ違ひ、曖昧な返答、下手《へた》な口籠り、云ひ方一つで善くも悪《わる》くも取れるやうなことは、余程注意しないと危《あぶな》いぞ。勿論、証拠がなければ、それまでのことだが、証拠ぐらゐ、どうかすれば、作ることだつて出来るんだからな。偶然が偶然と取られなければ、またそれまでだ。よし、さあ、なんとでも訊ねてくれ。すべてをありのまゝに答へるだけだ。この愕き、この悲しみの前に、一切の言葉は、たゞ真実を語るのだ。神も聴け、シイ坊も聴け、そして、世の中の妻をもつすべての男は聴け!(いきなり起ち上り、部屋の中を歩きながら、低く厳かに)――君の姓名は? 秀島辰夫……。――年は? 三十六歳……。――これはあなたの奥さんに相違ありませんね? 相違ありません。――名は? 静枝です。――年? 二十四。――何時《いつ》結婚しました? 昭和二年十月……。――籍は、はひつてますか? はひつてゐません。今年中にいれるつもりでした。――あなたの職業は? 現在無職です。以前、学校の教員をしてゐました。――現在の収入は? (長い沈黙)非常に不定ですが……家庭教師の口が時々……大方は友達から借りたり……それと、
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