ど、ど、どうした、シイ坊。しつかりしろ、おれだよ、こら、おれだつてば……。あゝ、なんだつて、こんなに急に……。おれが悪《わる》かつた……遅くなつてすまなかつた……。おい、シイ坊、勘弁してくれ……。待つてろよ、すぐ医者を呼んで来るから……。あツ……この血は……これや傷ぢやないか。傷だ! 刃物の傷だ……。心臓をやられたな。畜生! 馬鹿な真似《まね》をしやがる……。(さう云つたかと思ふと、声をあげて泣き出す)誰がこんな……こんな酷《むご》たらしいことをしたんだ。シイ坊、お前は、そいつの顔を見たか。覚えてゐるか? いや、きつと、暗闇《くらやみ》で、わからなかつたらう。だが、そいつは、お前に遺恨でもあつたのか。それとも、ほかに目的があつて、こんな手荒《てあら》なことをしたのか? さうだ、愚図愚図《ぐづぐづ》してないで、とにかく警察へ届けよう……いや、慌《あわ》てちやいかんぞ。おれとお前との間には、何ひとつ秘密はない筈だが、万一さういふことがあるんだつたら、他人が知る前に、おれが、知つておかなけれやならん。(女のそばから離れ、蝋燭を出して火を点《つ》ける。それから、先づ第一に枕の下、箪笥と鏡台の抽
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