うなつてもいゝ……。」が、お前の命を救つた男は、おれの手からお前を奪はうとした。事実、奪つたのだ。近頃のお前は、日増しに、美しさと明るさを取戻して来た。しかも、それはあの男によつて、あの男の為めにだ。だが、それはそれでよかつた。おれはたゞ、来るべきものが来るのを待つてゐたのだ。それが、遂に来た。明日は、いや、今日は、また金曜日だ。籾山は、こなひだのやうに、お前を海岸へ連れ出すだらう。散歩の附添は、おれにでも出来る。しかし、お前の心はもう、おれの行くところへ従《つ》いては来ないんだ。そんなら、そんなら、どうしようもないぢやないか。
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長い沈黙。その間に、男は、女のからだを抱き上げ、寝台の上に寝かせ、それを、敷布で覆ふ。
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男――(長椅子にからだを横へ)おれは、しばらくかうしてゐよう。あいつがどんな顔をするか見てゐてやるぞ。おれは、誰がなにを訊ねても、決して返事をすまい。おれは悲しくもなければ怖ろしくもない。たゞ、あの時におれもひと思ひに死ねなかつたことが残念なだけだ。(ポケットから短刀を取り出
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