。君は、それに対して何か証拠を挙げられるか?
男――証拠と云つて、別に、確かなものはありません。第一、そんなことはどうでもいゝんです。今度の事件となんにも関係はないんですから……。
声――それはどういふんだね。君にどうしてそれがわかる?
男――いや、僕の云ふのは……その医者が犯人……つまり、家内《かない》を殺したのではなからうと云ふんです。さういふ理由がどうしても成り立たないんです。
声――余計なことを云はなくつてよろしい。この部屋は君がはひつて来た時のまゝになつてるね。
男――家内のからだは、多少位置が変つてゐます。
声――この辺が散らかつてるのは……。
男――あ、それは僕が……。
声――何を探したんだ?
男――失《な》くなつてゐるものはないかどうか、それを先づ調べました。窃盗の目的ではひつたとすると……。(突然調子を変へ)あゝ駄目、駄目、なつちやゐない。しどろもどろだ。(静かに妻の死骸に近づき)シイ坊、やつぱりおれは、生きてゐようといふのが間違ひだつた。お前を失ふ悲しみは二つはない筈だ。おれは二度、三度、お前の死を間近に控へて、心に祈つたものだ――「この女の命を救つてくれ。おれはど
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