斗《ひきだし》、ハンドバッグの中、その他あちこちを引つかきまはす。最後に手紙の一束を取り出し、それを、順々に読む。がこれはと思ふものは、遂に見当らない)おれがこんなことをするのを、お前は、さぞ不愉快に思ふだらう。しかし、お前の不幸な最期を、他人の忌《いま》はしい推測で汚したくないのだ。ぢや、いゝかい、もうしばらくさうしておいで、今、警察へ電話をかけて来るから。(静かに、部屋を出ようとして、不意に立ち止り)ところで、問題が一つ残つてゐるぞ。警官が来る。よろしい。検死が済む。それもいゝ。さて、犯人の目星をつける段になつて、一応、このおれに嫌疑をかけないだらうか! いやそいつはわからない。少くとも厳しい訊問を受けるにきまつてゐる。(椅子に腰をおろしてしまふ)ところで、その訊問は、どういふ風に行はれるか。万一、つまらん言葉尻を押へられて、動きがつかなくなるやうなことはないだらうか? さういう例もなくはないぞ。それには予《あらかじ》めかう訊かれゝばかう答へるといふ風に、相当準備をしておいた方がよくはないだらうか。ある事実を、うつかり忘れてゐたといふだけでも、それを隠してゐたと誤解されないもんでもない。思ひ違ひ、言ひ違ひ、曖昧な返答、下手《へた》な口籠り、云ひ方一つで善くも悪《わる》くも取れるやうなことは、余程注意しないと危《あぶな》いぞ。勿論、証拠がなければ、それまでのことだが、証拠ぐらゐ、どうかすれば、作ることだつて出来るんだからな。偶然が偶然と取られなければ、またそれまでだ。よし、さあ、なんとでも訊ねてくれ。すべてをありのまゝに答へるだけだ。この愕き、この悲しみの前に、一切の言葉は、たゞ真実を語るのだ。神も聴け、シイ坊も聴け、そして、世の中の妻をもつすべての男は聴け!(いきなり起ち上り、部屋の中を歩きながら、低く厳かに)――君の姓名は? 秀島辰夫……。――年は? 三十六歳……。――これはあなたの奥さんに相違ありませんね? 相違ありません。――名は? 静枝です。――年? 二十四。――何時《いつ》結婚しました? 昭和二年十月……。――籍は、はひつてますか? はひつてゐません。今年中にいれるつもりでした。――あなたの職業は? 現在無職です。以前、学校の教員をしてゐました。――現在の収入は? (長い沈黙)非常に不定ですが……家庭教師の口が時々……大方は友達から借りたり……それと、
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