起き上らうとする)
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電燈が突然消える。
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女 あら、随分だわ。今頃停電なんて、どうかしてるわ。
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その時、窓の外へ覆面の男が忍び寄り、そつと硝子戸を開けていきなり躍り込み、女の後から抱《だ》きつく。女は悲鳴をあげてその場に倒れる、覆面の男は、素早く窓から飛び出し、姿を消す。
長い間。波の音、時計が十二時を打つ、やがて、玄関の格子が開き、人の上つて来る気配。次いで、部屋の中へづかづかとはひつて来た男、外套と帽子を着たまゝ、片手に買物の包みをさげてゐる。
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男 どうしたんだ。明りをみんな消して……、もう眠《ね》たのかい。(手探りで、電燈のスヰッチをひねつてみるが……)おや駄目ぢやないか。をかしいな。隣りは点《つ》いてたぜ。シイ坊、ちよつと起きろよ。何時《いつ》から消えたんだい。おい、シイ坊……戯談《じやうだん》ぢやないぜ……。(寝台に近づかうとして、そこに倒れてゐる女のからだにつまづく)あツ! ど、ど、どうした、シイ坊。しつかりしろ、おれだよ、こら、おれだつてば……。あゝ、なんだつて、こんなに急に……。おれが悪《わる》かつた……遅くなつてすまなかつた……。おい、シイ坊、勘弁してくれ……。待つてろよ、すぐ医者を呼んで来るから……。あツ……この血は……これや傷ぢやないか。傷だ! 刃物の傷だ……。心臓をやられたな。畜生! 馬鹿な真似《まね》をしやがる……。(さう云つたかと思ふと、声をあげて泣き出す)誰がこんな……こんな酷《むご》たらしいことをしたんだ。シイ坊、お前は、そいつの顔を見たか。覚えてゐるか? いや、きつと、暗闇《くらやみ》で、わからなかつたらう。だが、そいつは、お前に遺恨でもあつたのか。それとも、ほかに目的があつて、こんな手荒《てあら》なことをしたのか? さうだ、愚図愚図《ぐづぐづ》してないで、とにかく警察へ届けよう……いや、慌《あわ》てちやいかんぞ。おれとお前との間には、何ひとつ秘密はない筈だが、万一さういふことがあるんだつたら、他人が知る前に、おれが、知つておかなけれやならん。(女のそばから離れ、蝋燭を出して火を点《つ》ける。それから、先づ第一に枕の下、箪笥と鏡台の抽
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