ナアルといふ二十歳そこそこの作者が「マルチイヌ」といふ作をガストン・バチイの率ゐる新興劇団「ラ・シメエル」の舞台に上せた時(一九二二年)そして、その評判が相当高く、殊に、「沈黙派《エコオル・ド・シランス》」といふ演劇の一傾向が、これによつてその見本を提出したのだと知り、私はわざわざサン・ジェルマン通りの小さなバラックを訪れたものである。
そして、その時は、なるほど、かなり清新な芸術的感銘をうけて帰つた。
その後、私は、同じ作者の「旅の誘ひ」(一九二四年)といふ作を読み、そこに一段の進境と、エドモン・セエの所謂 grande ligne(大きな系統)に属する作家の素質とを感じ、ひそかに未来の大成を期待してゐた。
第一書房の全集中に、ベルナアルの代表作を加へる案に躊躇なく賛成し、「旅の誘ひ」を私が受け持つことをうつかり承諾してしまつた後、「旅の誘ひ」は、既に白水社から川口篤君の訳が出てゐる以上、二重に出す必要はないといふ理由で、第二作の「マルチイヌ」を私がやる決心をしたわけである。
決心をして、取りかかつてみると、どうも最初上演の時得たやうに清新な感銘は得られない。のみならず、あの
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