アカデミイの書取
岸田國士

−−
【テキスト中に現れる記号について】

〔〕:アクセント分解された欧文をかこむ
(例)〔Pour parler sans ambigui:te', ce di^ner a` Sainte−Adresse, pre`s du Havre, malgre' les effluves, embaume's de la mer, malgre' les vins, de tre`s bons crus, les cuisseaux de veau et les cuissots de chevreuil prodigue's par l'amphitryon, fut un vrai gue^pier.〕
アクセント分解についての詳細は下記URLを参照してください
http://aozora.gr.jp/accent_separation.html
−−

 ナポレオン三世の宮中では、皇后ウージェニイを中心に、当時の錚々たる文学者を交へた特色のある集会が行はれたが、その席で、何時からともなく、「秘書役ごつこ」といふ遊戯がはじまつた。
 ある日のこと、プロスペエル・メリメが出題者になつて、有名な「アカデミイの書取」をやることになり、競技者を募つたところ、出題者が出題者だけに、多くの廷臣たちは、いろいろ口実を設けて、尻ごみをするばかりだつた。
 兎も角、勇敢な連中だけが、鉛筆を取り上げた。勇敢な連中とは、皇帝ナポレオン三世、皇后ウージェニイ、学問自慢の貴族と少数の大官連、それに、文学者側から、アレクサンドル・ヂュマ・フィス、オクタアヴ・フウイエ、その外、メッテルニッヒ公爵とその夫人ポオリイヌ、などであつた。
 メリメは、やがて、問題の文章を読み上げた。
 いよいよ答案を集める段になると、みんな不安げに顔を見合せた。
 集めた答案に誤りの個所をしるすメリメの口辺には、愉快げな微笑が浮んでゐる。
 結果が報告された。
 皇帝陛下、お間違ひ、四十五……。
 皇后陛下、お間違ひ、六十二……。
 メッテルニッヒ公爵夫人、四十二……。
 アレクサンドル・ヂュマ氏、二十四……。
 オクタアヴ・フウイエ氏、十九……。
 メッテルニッヒ公爵閣下、三……。

 二人のアカデミイ会員は、大に面目を潰して、小鼻を撫でまわしてゐる。それを見て、一同は、ドッと笑つた。
 すると
次へ
全3ページ中1ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岸田 国士 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング