うと思つたの。さうしたら、あの人だつたんだわ。病室へはひると、いきなりそばにゐた男が、「あなた、英語はできますか」つて訊《き》くぢやないの、誰かが、好い加減なことを云つたのよ、きつと……。あたし、黙つて、笑つててやつたわ。病院でも、西洋人の入院患者は初めてだつていふし、あたしも、西洋人なんかに附くのは初めてなんですもの……。なるほど、勝手が違ふのなんのつて、いちいち先生のところへ訊きに行つちや、叱られたもんだわ。

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椅子を引き寄せ、脚をがたがたさせながら
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――その晩、体温を計ると、四十度二分……。苦しさうに呼吸《いき》をしてるの。あたしがそばへ行くと、眼をあけて、何か云ひたさうにするんだわ。よく見ると、そんなに怖《こは》い顔ぢやないんだけど、なんて云つたらいゝのかしら……やつぱり、気味が悪《わる》いんだわ。鼻なんかでも、鳥の嘴みたいで、赤い筋がいつぱい見えるし、眼は、黒眼んところが妙に銀色をしてるし、髪の毛は、そんなに縮れてないけど、それは、おほかた禿げてるからなの。

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そこで、吹き出すやうに笑ふ。
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――あゝ、そのことで、可笑《をか》しかつたわ。頭を見て、好い加減お爺さんだと思つたら、体温表に二十九歳つて書いたるぢやないの。間違ひかつて云へば、さうぢやないの。なるほど、さう思つてみると、若いやうなところもあるつて、婦長さんと大笑ひをしたわ。日本の風俗とかを調べに来た学者なんだつていふけれど、学者みたいなとこは、ちつともなかつたわ。それに、まだ日本へ来たてだつていふんだけど、誰に教はつたか、片言《かたこと》の日本語を時々使ふの。だから、なほ、悧巧には見えないわ。

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急に、真面目《まじめ》な調子で
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――気管支炎なの、病気は……。だから、毎日、湿布を取替へなけやならない。妙でね、はじめは……胸をひろげると、毛がもじやもじやでせう。そのくせ、皮膚の色は、それや真つ白で、艶々《つや/\》してゐて、女だつたらつて思うくらゐよ。妙なもんよ、それや……。

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だんだん、し
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