り]
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――それや、一月《ひとつき》つていふのは、少し長すぎたけど、どうしても手の放されない患者だつたんですもの……。一晩《ひとばん》、代りを頼んでと思つたこともあるわ。でも、やつぱり、気がとがめて……。あゝいふ時、手紙のやりとりが出来ないつていふのは、一番|辛《つら》いのね。会つてゐれば、話が通じないぐらゐ、なんでもないわ。西洋の男つて、みんなあゝかしら……。こつちの思つてることを、すぐ察してくれるし、口を利《き》かずにゐて、ちつともきまりがわるくない……。向うは向うで、独言《ひとりごと》みたいなことを云つてるんだけど、あたしは、そんなこと別に気に留めずに、可笑《をか》しければ、勝手に笑つたり、どうせわからないと思ふから、時々は、「馬鹿」だの「間抜け」だのつて、からかつてやつたわ。さうすると、しまひに、その意味がわかつたらしいの。「ワタシ、バカデス」つて云ひながら―――あゝ、よさう……あんなにいぢめられたことないわ……。
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突然、寝台の上に突つ伏し、涙声で
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――なぜ、そんなに急に行つちまつたの。あたし、今日も、うんとうんと、いぢめて欲しかつたのよ……。
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からだを起し、腰をかけたまゝ
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――変なもんね。あたしたち、あれから幾度会つたかしら……。去年の三月からだわ。一週に一度、十日に一度、長い時で二十日《はつか》も会はずにゐたかしら……。病院の附添を、一つ済ますたんびに、きつと来ることにしてたんだけれど、あの人は、何時《いつ》でも、愛想よく、あたしの肩に手をかけて、「ヨクキマシタ」つて云ふの。それだけで、あたしは、もう、うれしかつたんだわ。
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起ち上り、鏡戸棚の前に行つて、自分の姿に見入りながら
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――はじめつから、こんなことになるなんて知つてたら……。さうだわ、あん時のことを考へると、まつたく不思議なくらゐだわ。先生からぢかに、「君、今度の附添は、少し勝手が違ふかも知れないが、特別に気をつけてくれ」つて、さう云はれて、あたし、なんだら
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