うかしら……。家具つきで、このまゝ貸すつもりなんだわ。せめて、さうでもできたら、またなにか……なにか待つ気になれさうだけれど……。
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力なく椅子に倚り
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――このまゝ、またあんなところへ帰るんだと思ふと……どうなるつていふ当《あ》てもなく、毎日検温器を振つててみてもはじまらないぢやないの。
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長い沈黙。
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――おや……なんだつて、こんなに、この部屋に未練があるんだらう……。あの人にだつて、いざ別れようと思へば、もつと思ひきりよく別れられるわ。さうよ、今、此処に、あの人がゐてくれさへすれや、あたしは、平気で出て行かれるんだわ。もう、これで会へないと思へば、なほ威勢よく出てつてやるわ……。それが、あの人のゐなくなつた、この空《から》つぽの部屋から、どうしても動けない……足が云ふことをきかないの……。気持が急《せ》き立てても、からだが承知しないんだわ……。だるくつて、だるくつて、しようがない……。
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静かに起ち上り、寝台の上に、うつ伏せになる。
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――あゝ、苦しい……。
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激しく、肩をゆすぶり
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――さうぢやないのよ。会ひたくつてぢやないわよ……。もう、なにもかもおしまひでいゝのよ……。たゞ……。
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急に、顔をあげ
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――え? たゞ、どうしたの……?
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また、涙声になり
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――たゞ……云ひたいことが、いつぱいあるのよ……あの人に、云ひたかつたことが、今になつて、はつきり、わかつて来たのよ……。どうせ、何を云つても言葉が通じないんだと思つて、今までは、諦めてたんだわ……。いゝえ、それより、云ひたいことを、考へてもみなかつたんだわ……。つまり、云ひたいことがなかつたんだわ……。
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だんだ
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