ん空想の世界に引きずり込まれるやうに
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――ねえ、わかつてくれる、あんた……? 聴いててくれる? 眼の前で、声が聞えれば、なにを云つてるんだかわからなくても、かうして、離れてゐて、あたしのことを、少しでも思ひ出しててくれゝば、きつと……きつと、あたしの云ふことがわかる筈だわ……。先づ、第一に……あたし、あんたに心からお礼を云ふわ……。なんて云つても、あたしは、仕合《しあは》せだつたんですもの。女としての、重荷を負はない幸福が、あんなに易々《やす/\》と得られたことは、あんたが、何処かほかの男と違つてゐたからだわ。でも、その代り、あたしを、少しばかり褒めて頂戴……。どういふとこか、云つてみませうか。あんたの邪魔にならなかつたところ……。
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起ち上り、やゝ朗らかに
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――あたしは、もう二度と、あんたのやうな男に出くはすことはないと思ふわ。それはそれでいゝの。たゞ、どんな男とでも、次の日の約束だけはしないつもりよ……。
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ゆつくり歩き出しながら、ふと鏡の前に立つて、着物の皺を直す。それから、障子に手をかけ、やつとからだが通るだけ開けて、もう一度、後を振り返る。
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――ラウちやん、さよなら……、また、何時《いつ》来るかわからないわよ。
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底本:「岸田國士全集5」岩波書店
1991(平成3)年1月9日発行
底本の親本:「職業」改造社
1934(昭和9)年5月17日発行
初出:「文芸春秋 第十年第六号」
1932(昭和7)年6月1日発行
入力:kompass
校正:門田裕志
2008年3月19日作成
青空文庫作成ファイル:
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