見当がつかないわ。兎に角、あつちには、かういふやり方もあるんだわ。

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ふと、柱にかゝつてゐるカレンダアを見つけ、それをはづしてみる。
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――四月十七日……あたしが、この前来たのが……四月六日の晩……。十七日までは、たしかにゐたんだわ……。さうだわ、十八日に発《た》つたつて、お神さんから、今聞いたんだわ……。それで、今日が、五月九日……。さうか、あん時、来てても駄目なんだわ、あれが、先月の二十日《はつか》だから……。もう、よさう、こんなこと考へるのは……。

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カレンダアを一枚一枚引きちぎり
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――人はなんと思つたつてかまはない……。あたしたちは、かういふ別れ方をしても、ちつとも不自然ぢやないんだわ。何時《いつ》の間にか、一方が姿を消す……予めそんなことは云はないでゐて……どつちか一方が、それを先にするつていふだけだわ。あの人のところへ、あたしが来なくなればそれまで……あの人だつて、それくらゐのことはわかつてたんだわ。二人は、ちつとも変つてないんだわ。たゞ、時が経つたつていふだけなの……。

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ちぎつたカレンダアの一枚一枚を、無意識に丸めながら
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――なにひとつ、いやな思ひ出も残さず、こんなに綺麗に、一人の人間から離れて行けるつてことは、一生に一度だつてないことだわ。それに……それに……どうして、あたしは……あたしは、こんなに泣きたいんだらう……。

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椅子の上に崩れかゝり、声をあげて泣く。やがて、涙を拭きながら
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――あゝ、さつぱりした。これで、もう、いゝの……。何時《いつ》までかうしててもきりがないわ。どら、お神さんがのぞきに来ないうちに帰らう。もう何処かから口がかゝつて来てるかも知れない……

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起ち上つて、もう一度、部屋の中を見廻す。
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――あたしも、なにか、通ひの仕事をみつけて、この部屋を借りよ
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