『脚本のどこにつて……本気で芝居をやれば……』
『本気になんぞならなくつたつていゝことよ。芝居は芝居らしくおやんなさい』

     見物に聞かせない白

 D嬢は、デュマの「アントニイ」の中で、例の情熱に満ちた場面を演じてゐる真最中、相手の男優T氏に、
『痛いつたら、そんなに締めつけちや……』


 C夫人は、御亭主の、C氏と共演の一場面で、隙を見てかう云つた。
『およしなさいよ、そんないやらしい眼をするのは……』


 V氏は喜劇役者である。『見物に聞かせない白』を言ふ名人である。先生と一緒に舞台に立つ連中は、いつも、あやうく吹き出さうとする。
『あなたは、ほんとに美しい』かういふ台詞のあとで
『そして、ほんとに佳い香ひがする』
さうかと思ふと、
『いつまでも、あなたのことは忘れません』の後に
『忘れてやるから、今晩、スーペをおごり給へ』
また
『君には、僕の秘密を一切打ち明けやう』と言つて置いて
『とつくに知つてもゐやうが……』

 こいつ、下手に真似をされてはたまらない。『見物に聞かせない白』――聞かれたら最後、芝居はおぢやんである。

     洗濯代その他

 国立劇場コ
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