直して来よう。

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二人は彼女に会釈して退場。
彼、ナイフとフオークを投げ出して不愉快さうにその後を見送る。
彼女、素早く、疳癪玉の鑵を持つて来て、彼の方に差出す。
彼はその中から、一つを取り上げ床の上へ叩きつける。爆音。また叩きつける。爆音。
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彼  あんな話をされて、君はなぜ黙つてるんだ。(また叩きつける。爆音。)
彼女  どんな話……?
彼  バアを開けなんていふ話さ。
彼女  あたし、面白いと思つて聴いてたわ。
彼  (また叩きつけ)なにが面白い!
彼女  (これも、すぐに鑵の中に手を入れ)面白いぢやないの!(叩きつける、爆音。)
彼  世間の奴らは、おれを馬鹿にしてる!(叩きつける、爆音。)
彼女  あんたのひがみよ。あたしが働いちや、どうしていけないの? こなひだうちから、さういつてるでせう。一緒に外へ出て働きませうつて……。それを、あんたが許してくれなかつたんだわ。どうしてなの? 女に稼がせちや、男の顔にかゝはるとでも思つてんの。そんな馬鹿なことつてないわ。
被  おれは、君に働いてなんぞ貰ひたくない。貧乏をするのも辛いが、君に食はして貰ふのはなほ辛い。
彼女  誰も、あんたを食べさせるつていやしないわ。めいめいが、自分で食べるだけだわ。それもいやなら、あたし、あんたに食べさせて貰つた上、自分で稼いだお金は自分で贅沢をするわ。
彼  その贅沢も、おれがさせてやるんでなけれやいやだ。
彼女  あたしも、その方が結構だわ。なによ、そんな眩しさうな顔して。そこは夕日があたるからよ。もつと、こつちをお向きなさいよ。(彼女は彼の両肩をもつて自分の方へ捻ぢ向ける)
彼  おれには友達なんぞ一人もない。あれや、みんな、君の友達だ。
彼女  おや、また、別の話になつたの?
彼  あいつらは、君にだけ親切が見せたいんだ。
彼女  (疳癪玉を渡す)はい。
彼  絶交だ。(叩きつける。爆音)
彼女  (それに応じるやうに、叩きつける)むろんよ(爆音)
彼  酔ひどれの膝に、しなだれかゝる気か、君は……。そんな、そんなことがさせられるか。(叩きつける。爆音)
彼女  あゝ、さういふ意味なの? 衣裳を作つてやるつてさういふ意味なの? そんなこと、誰がするもんか!(叩きつける。爆音)

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