入る必要はない。
小森  話が後先になつたんだ。
阿部  先に、さういへばよかつたんだ。
多田  そんなに怒るなら、帰るよ。冗談ぢやない。自分を知れ、自分を……。

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多田すごすご部屋を出る。
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小森  さう、まあ、腹を立てるなよ。あいつも親切でいつて来たんだ。しかし、人間は感情の動物だ。あの切出し方は、たしかに不味かつた。だからさ、おれの方の話を聴け。男らしく、うんといへ。
阿部  おれたちの話は、同じ親切でも、君の感情を尊重してかゝつてゐる。悪いことはいはない。うんといへ。
彼  いやだ。

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長い沈黙。
彼女は、テーブルの上を片づけ始める。
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小森  君には、おれたちの真心が通じないのか。

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彼女は、食器を運んで来る。
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阿部  君たち二人によろこんで貰へると思つて来たんだぜ。

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彼女は彼の向ひに腰をおろし、焼きたてのビフテキを、めいめいの皿につけ、飯をスープ皿によそふ。
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彼女  ぢや、失礼して、御飯にしませう。

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彼の友二人は、適当に椅子をずらす。
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彼女  こつちのナイフがよく切れるわ。いゝの、あんた二た切れたべていゝのよ。
小森  さういふとこを見てると、僕はつくづく、二人を幸福にしたい。そのために一生を捧げてもいゝやうな気がするんだ。
彼  熱情家ぶるのはよせ。
阿部  この二人を幸福にするといふことは、友達として甲斐のある仕事だ。
彼  人のいつたことを、すぐあとからいふな。
小森  こいつ、どうかしてるな、今日は……。
阿部  たしかに、どうかしてる。

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彼女は、肉を頬張つたまゝ、笑ひたいのをこらへてゐる。
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小森  こんな時、何を話しても無駄だ。帰らう。
阿部  また機嫌のいゝ時に出
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