もうひと息だ、我慢してくれ。おれの愛し方には欠点もあるだらう。君が、その欠点に堪へられなくなつた時は、おれは、もう、君にとつて用のない人間だ。
彼女 (彼の後から抱きつく様にして)大丈夫よ。大丈夫よ。
彼 大丈夫か? ほんとに大丈夫だね。
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この時、隣の女が、そつとドアを開ける。
[#ここで字下げ終わり]
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隣の女 あら、御免なさい。これ、みんな使つちやつたけど、とにかくお返しするわ。
彼女 (ヘチマコロンの空瓶を受け取り、ドアを閉める)
彼 あの女、いやにおめかしをしてるぢやないか。
彼女 そんなの、見ないだつていゝことよ。
彼 見るわけぢやないさ。たゞ、君の前では、もつと遠慮をするといゝんだ。
彼女 そんな下らない心配はおよしなさい。あたし、かうするから……。(疳癪玉を叩きつける。爆音)
彼 ほんとだ。おれは、どうして、かうケチな量見しかもてないんだらう。われながら腹が立つよ。どら、貸せ。もうないのか。なんだ、空つぽぢやないか。えゝツ、糞《くそ》、どうして、もうないんだ……。
彼女 もつといるの? もつと欲しいの。疳癪玉……? だつてだつて、もうおしまひよ。そんなら、そんなら……(あたりを見廻し)待つて頂戴……。これは?(ヘチマコロンの空瓶を差出し)え、これは?……これぢや、いけなくつて……。
彼 (ヘチマコロンの瓶を受け取り、そいつを振り上げるが急にぐつたりと椅子に倚りかゝり)こんなもの、ぶつけたつて、しようがないや……。
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彼女はいきなり彼の胸に顔を埋め声を忍んで泣く。
[#ここで字下げ終わり]
[#地から5字上げ]――幕――
底本:「岸田國士全集5」岩波書店
1991(平成3)年1月9日発行
底本の親本:「浅間山」白水社
1932(昭和7)年4月20日発行
初出:「週刊朝日 第二十巻第二号」
1931(昭和6)年7月5日発行
入力:kompass
校正:門田裕志
2008年3月19日作成
青空文庫作成ファイル:
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