が、起ち上る拍子に、日に焼けた男の太股を出したのが失敗で、見物はしたたか幻滅を感じさせられたが、女土工は、徹頭徹尾見物にうしろを向けた工夫が当つて、大きなぼろを出さず、無事に交番へ連れて行かれた。
「神崎与五郎東下り」は、これこそ珍中の珍、酔つ払ひの駕籠屋が独りいい気になり、与五郎は素面でたじたじ、思ひ出しての思ひ入れで気が抜けること夥しく、歌舞伎通の都の令嬢たちは、これを笑はなければ体面に拘はるから、おなかを二つに折つて肩だけゆすつてゐる。
 さて、僕が当夜の傑作と思ふものは、喜劇と銘打つた茶番「おしやべり小僧」ではなく、実は、剣舞の後で、やはり即興的詩吟に合はせて演じるパントマイム、僕が仮に之を題すれば、「貧書生の散歩」――歌詞をいちいち記憶しないのは残念だが、兎に角、貧書生が、勉強にも飽き、空腹を抱へて、一夜、月明の町を散歩する。洗ひざらしの絣、よれよれの袴、手には普請場で拾つて来たやうな木ぎれのステツキ。これが、肩を怒らし、足を踏みならし、詩吟の声に合はせて出て来る。勇ましいやうでどこか惨めな人物である。ふと、道ばたに何か光る物が落ちてゐる。ステツキの先でちよいと、さはつて見る
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