こんな話が聞える。
 ――中村吉蔵が○○○に来てるつていふぢやないか。来て貰へばよかつたなあ。
 ――汐見洋も今朝着いたさうだぜ。
 なるほど、変更されたプログラムは、第一に木曾踊りである。円陣を作つた若者が、怪しげな手ぶり足つきで単調なリズムを繰り返し、浴衣がけの頬かぶりが、カアキーズボンとナイトキヤツプの間で、自慢の声を張り上げてゐる。
 踊のことはそれくらゐにして、いよいよ、呼物の芝居である。「父帰る」の幕が開いた。
 見物席の到る処から、クスクスと笑声が起つた。賢一郎(兄)に扮した一座の名優らしいのが、恨めしげにこつちを見てゐる。母親は笑ひを噛み殺し、妹はさすがにしなを作つて銅羅声を修飾した。見物は、たまらずにドツとはやした。弟がはひつて来る。これは無難、どころではなく、東京へ連れて来たいほどの出来、凝らず気取らず、その自然さは役者でも一寸真似がしにくからう。最後に父が帰つて来る。この父も、また、それらしい人物でなかなか隅に置けぬ。ただ、年に似合はずはにかみ屋で、穴あらばはひり度き身構へ、息子への気兼ねか、見物へのうしろめたさか、これがつまり問題である。
「嬰児殺し」は巡査の妹
前へ 次へ
全5ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岸田 国士 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング