かざして、自分を赦すことのあの寛大さは、凡そ文学の精神からは遠いものであります。如何なる信念もそんなところからは生れないといふ信念は、僕を一見懐疑的にしてゐます。しかし、廻り道でも、僕はこの最後の信念から出発するつもりです。
久板君、君の今度の作品――僕は外のものはまだ読んでゐません――は、少くとも活字になる前までは、君の人間的な姿が、芸術家としての熱情が、ところどころ素晴らしい閃光となつて僕の心を搏ちました。構成の緻密さや、観察の豊富さは、勿論この作品の血となり肉となつてゐますが、何よりも、君の眼が澄んでゐました。聡明な額が感じられました。思ひ上つた力み返りがない。憤りはあつても、それを見せびらかさず、時折は、ああ見えて、内心はさぞ堪へられないくらゐだらうといふ底深い悩みが漂つてゐます。これはよほどのことではありますまいか。
僕は、もう、この作品を現在のレヴェルからいつて、無条件に傑作の部類に入れることを躊躇しませんでした。
僕は君の立場をよく承知してゐる関係上、故らこんなことは申したくないのですが、芸術の畑に於て、一つの才能がどういふ風に伸び育つかといふ甚だ示唆に富む例をここ
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