『赤鬼』の作者阪中正夫君
岸田國士

−−
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)道化味《ブユルレスク》
−−

 新劇を見るほどの人で阪中正夫君の名を知らぬ人はあるまい。また、創作座の支持者で、『馬』の舞台から何か「新鮮なもの」を感じなかつた人もあるまい。
 阪中君は、戯曲家として、やはり、リリシズムに出発し、現実の解剖に進んだ優れた作家の一人であるが、最近に至り、彼の着眼は次第に人間生活の複雑な機構、「利害」の心理ともいふべき一種素朴にして凄惨な情景に向けられはじめた。
 しかしながら、彼は飽くまでも天成の芸術家であり、彼のうちの正義は冷やかな微笑をもつて、常にこの悲劇を見下してゐる。そこから、ファンテジイが生れ、道化味《ブユルレスク》が湧き出るのである。
 彼の企図するところは、恐らく、一つのタイプが発生する動機とミリュウ、そして、そのタイプが、過去と未来にまたがつて働きかける執拗な力であらうと思ふ。これは正しく、バルザックの世界を日本の、しかも、彼の身近な周囲に求めて、これを克明に描かうとする野心であり、そのためには、戯曲の形式は甚だ困難なものとなるのである。
次へ
全3ページ中1ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岸田 国士 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング