『桜樹』の序
岸田國士

 日本人のすべてが、いま無意識にもとめてゐるものがある。いろいろな方面にそれがある。例へば小説にしても、今までのどんなものよりも身近な、それでゐて、おほらかなものを、それとははつきり言へないけれども、みんな心のなかで探してゐるやうに思ふ。
 作家はむろんそれに気づいてゐる。しかし、書くといふことはひとつの習慣であるから、思ひきつて自分の殻を破らなければ、新しい方向に進むことはできない。準備はもうできてゐる。機会が与へられゝばいゝのである。
 たまたま、私が翼賛会文化部の仕事をしてゐる関係で、今度陣容を建て直した翼賛出版協会から「健全で面白い小説」の出版について企画の相談をうけた。
 私の頭には、すぐ数名の中堅作家の名が浮び、その才能、思想、気魄の点で、私の考へてゐる「日本人全体を対象とするやうな小説」の執筆の依頼をしたらといふ事が即座に決定したのである。
 同僚の上泉君とも人選について慎重に打合せをした。
 みんな快く引受けてくださつた。
 国民文学といふやうな名称をわざわざつけなくてもいゝ。つまり、ある一定の読者――知識層とか大衆とか、或はまた文学に縁のある
次へ
全3ページ中1ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岸田 国士 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング