悪い意味にも、――いや、この言葉は、それほど悪い意味に使はれてゐない。寧ろ、「ハイカラ」を軽蔑する場合に、「蛮カラ」がいかに昂然とその「美風」を誇つてゐることであらう。素朴、恬淡、磊落、質実、剛健、超俗……等々の美点にさへ似たものであるとされてゐる。
それはそれでいい。「蛮カラ」とは、何れにしても、細節に拘泥せず、我武者羅であり、悪くいへば「野暮」であり「殺風景」であるが、時として、それを知りながら、わざとさうであることを努める。弊衣破帽、辺幅を飾らざる東洋豪傑趣味である。
「ハイカラ」なるが故に、華美を好むとはいへない。まして、贅沢は「ハイカラ」の別名ではない。否、寧ろ、かのケバケバしいブウルジユワ成金趣味は、凡て「ハイカラ」とは縁の遠いものである。
「ハイカラ」に似て、実は全く異つたものに、かの「粋」がある。これは、「ハイカラ」の幾分超国境的なるに対し、純粋に民族的なるところ、局地的なるところ、一つの著しい特長であるが、従つて、一方の進歩的、個性的なるに対し、これは保守的で、しかも常に伝統的である。故に言葉は変であるが、「日本風なハイカラ」と「西洋風な粋」があり得ることを知らなければならぬ。言ひ換へれば、ハイカラな日本趣味、粋な西洋趣味が同時に存在するのである。もう一歩進めていへば、ハイカラな西洋趣味と粋な西洋趣味とは違ふのである。ハイカラなある西洋人が好んで東洋風の趣味を漁るなどといへば、一寸をかしいが、さういふこともいへないことはない。
ハイカラな家庭といへば、必ずしも、夫婦が一緒に手をつないで散歩し、子供に、「パパ」「ママ」と呼ばせ、……などする家庭のことをいふのではなからう。
ハイカラな文章といへば、必ずしも片仮名の英語が交り、何々するところのそれは……といふやうな翻訳臭があり、などする文体を指してはゐまい。
「ハイカラ」とは、気がきいてをり、あかぬけがしてをり、軽快であるばかりではない。それは常にもつとも「理知的な眼」を意味する。そこでは、常に、「溌剌たる才気」がもつとも「約《つゝ》ましい姿」を見せてゐる。
「ハイカラ」とは、また、自由な均整であり、聡明な型破りであり、節度あるフアンテジイであり、要するに、一つのもつとも洗煉された反逆的精神である。「ハイカラ」が模倣と流行を敵とする所以はここにある。
「粋」が陰性なるに付し、「ハイカラ」はあくまで陽性なることも注意すべきであらう。一口に「さばけて」ゐるといふが、粋な「さばけ方」とハイカラな「さばけ方」とでは、格段の差がある。
私はここで、「ハイカラな文学」について語りたい。
日本文学に於いて、ハイカラな作品といへば、私はまづ、指を「枕草紙」に屈することを躊躇しない。「源氏物語」にも、多分の「ハイカラ」性を発見するが、恐らくあの時代の女性中でも、わが清少納言の如きハイカラは少なかつたに違ひない。彼女の生活はあまり多く知られてゐないが、その芸術を通じて観た「ハイカラさ」のみについて考へても、現代の作家たちさへ、なかなか及び難いものを感じさせられる。
私はまた、源実朝をハイカラな詩人だと思つてゐる。それは、武将にして歌詠みであるといふやうな事実からではない。その歌風についていふのである。
徳川期の文学はさすがに、「ハイカラさ」に乏しいやうである。ここでは寧ろ、「粋な文学」の代表的なものが多く生れたとでもいふのであらうか。
明治以後、かの当時ハイカラとされたに違ひない新体詩の如きは、ハイカラならざるものの骨頂である。
明治時代の小説家を、私は殆ど読んでゐないから、うつかりしたことはいへないが、なんとなく、山田美妙斎といふ人はハイカラではなかつたかといふ気がする。
ハイカラ詩人として、私は与謝野晶子夫人、並びに初期の北原白秋氏を挙げたい。
現代作家中では、芥川竜之介氏、佐藤春夫氏、室生犀星氏、などは、多くの「ハイカラさ」をもつた作家であらうと思ふ。新進作家のうちで、稲垣足穂氏、川端康成氏、横光利一氏、林房雄氏などの文章はハイカラな方であらう。
かういつたからとて、何も、私は、ハイカラなるが故に傑れた芸術作家だとは思つてゐない。そんなことは断るまでもないが、とかくさういふ勘違ひをされがちであるから、念のためにつけ加へておく。
しかしながら、私は、自分一個の趣味からいつて、上に述べたやうな意味の「ハイカラな文学」が、もう少し盛んになつてもよくはないかと思つてゐる。それについては、世間にもう少しよい意味の「ハイカラ好み」が殖えてくれればいいがと思つてゐる。一見ハイカラさうに見えて、その実、ちつともハイカラでない青年男女、さういふ青年男女を見るにつけて、私なんか、ちつともハイカラでもなんでもないが、少くとも、ほんとにハイカラな人々に取巻かれてゐる快感を空想
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