あると云ふのか。
甲――「苦しみ」の中にはない。「苦しみ」の外にある。先にあると云つてもいゝ。
乙――「悟り」のことを云ふのか。
甲――「悟り」……「悟り」は、君、「文学以上のもの」だよ。どうして、さう君は脱線するのだ。
乙――お前は、それなら、やはり、人生に救ひを求めてゐるのだ。お前のいふ「明るさ」とは「救ひ」のことだらう。
甲――「救ひ」……「希望」と云つてもいゝか。いや、おれは、人生はあるがまゝで、「どうにもならない」ものだと思つてゐる。たゞ、その「あるがまゝの人生」とは如何、そこに疑ひを有つてゐるだけだ。「あるがまゝの人生」が如何に「苦しく」「暗く」見えても、また如何に「楽しく」「明るく」思はれても、たゞそれを、そのまゝ描くことが文学の「総て」だとは思はない。
乙――わかりきつたことぢやないか。
甲――これは参つた。だからさ、おれが求めてゐるのは「人生の明るさ」ではない。飽くまでも「明るい文学」なんだ。その「明るさ」は、君たちの云ふ人生の何処にもなくつていゝ。たゞ作品の中にあればいゝんだ。
乙――だからそれは「虚偽の文学」だと云ふんだ。真面目に人生に対してゐない文学だと云ふんだ
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