」を感じてゐるのだ。
乙――おれの問に先づ答へろ。「苦しみ」を「苦しみ」として享け容れないなら、一体、そいつらはどうするんだ。誤魔化すんだらう。
甲――君は、余計なことを知りたがるね。そこまでは、まだ文学ぢやないよ。今は、文学の話をしてゐるのだ。いゝか。世の中には、さういふ人間もあると云つたゞけだ。明るい文学が、必ずしもさういふ人間の手から生れるとは限つてゐない。また、さういふ人間が、必ずしも、明るい文学に向ふとも限つてはゐない。おれはたゞ、明るい文学であれば、どういふ文学でもかまはないと云つてゐるのではない。例へば「人生は楽しいものだ」と云つて浮かれ歩く手合に、それほど同感はしてゐない。「人生を楽しいものにしよう」と、徒らに人生の「楽しさ」を誇張し、「苦しみ」を覆ひ匿す仲間にもはいりたくない。まして、人生、「苦しみ」の中にこそ「楽しさ」があるなどゝ好い加減な当て推量をしてお茶を濁すことはできない。
乙――お前のいふやうな「人生の観方」から明るい文学が生れる筈はない。
甲――「明るさ」は「楽しさ」の中にのみあるのではない。さういふ「明るさ」なら別に欲しくない。
乙――「苦しみ」の中にも
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