「明るい文学」について
岸田國士
−−
【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)相《すがた》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
−−
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
甲は云ふ――黒ずんだ文学にも少し飽きた。もつと明るい、赤味を帯びてゐても、青味を帯びてゐても、それはいゝ、もつと明るい文学が欲しいね。
乙が答へる――人生は黒ずんだものだ。
甲――明るいところもあるよ。
乙――それは、人生を深く観ないからだ。人生を真面目に考へないからだ。苦悶の無い人生は無意義だ。
甲――待つてくれ。明るいところも深く観れば暗いといふのだね。それなら、暗い処も、深く観れば、明るいのかも知れないぜ。人生を真面目に考へると、結局どういふことになるかね。苦悶を苦悶として生きるより外に、生き方はないのかね。「人生の幸福」とは、やつぱり「死」を指すのだらうかね。
乙――苦悶を苦悶として受け入れ、その苦悶を味ひ尽すことによつて希望への第一歩を踏み出すのだ。そこに人間的努力を意義づける生活の価値があるのだ。苦悶なき人間、苦悶を回避し又は苦悶と戦ひ得ない人間は、人類の屑だ。文学は、さういふ人間の為めに在るのではない。
甲――なるほど、君はそれでも、文学の初歩だけは修めてゐるらしいね。僕はそれから後の話をしてゐるのだ。処でどうだらう。君は楽天主義者らしいから、「よりよき人生」の実現を期待してゐるだらうが、或るものは、「あるがまゝの人生」に何も望めないことを知つて、その「あるがまゝの人生」をせめて自分だけ「よりよく生きる」工夫をするかも知れない。さういふ人間も、君に云はせると、人類の屑なんだね。
乙――さうさ。自分だけが「よりよく生きよう」などゝ思ふのは怪からん。
甲――それなら、これはどうだ。君は信仰をもつてゐる。人生を信じてゐる。現実を信じてゐる。処で、君のやうに此の人生、此の現実を信じない人間があつたらどうする。君達が人生だと思つてゐる人生、それは人生の仮面に過ぎない。ほんとうの人生は、もつと別な相《すがた》をしてゐるのかも知れない。さういふ人生を探し求めてゐる人間があつたらどうだ。現実、これが人生の全部でないことは君だつてわかつてゐるだらう。しかも君たちはその現実を人生の、少くとも一部として信
次へ
全4ページ中1ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岸田 国士 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング