は特に日本の若い教養ある女性の反省をうながしたい点だ。よき科学、よき哲学、よき文学、よき芸術、一括してよき生活はよき言葉によつて語られたものでなければならない。わが国にも、昔はそれがあつたやうです。溯つて万葉、古今の時代、降つては元禄、享保、または文化、文政の頃、その時代、それらの頃のよき文学、芸術は、わが国民のよき言葉の蒐集、結成であつたと断言されないでせうか?』
これは、中村氏ばかりでなく、仏蘭西に少しゐたものなら、誰でも気のつくことで、それをまた、誰でも日本への通信として伝へたく感じる事柄であるが、中村氏が、仏蘭西の女はと云つてゐることは、恐らく、それが一番目立つからで、実は、仏蘭西人の悉く、つまり、男も女もと云つた方が、より適確に事実を伝へ得ると私は思ふのである。
仏蘭西人の「語る言葉」の魅力は、その国語の性質に負ふことはもちろんであるが、それ以上に、「言葉」を愛すること、従つて、「言葉」を自分のものにしてゐることが最大の原因である。これは、知識の高下や、教養の有無に関係がなく、強ひて他にも原因を求めれば国民の性情が、明快さを尊び、婉曲を好み、当意即妙を悦び、社交性に富むといふやうな点にも関係があるであらう。要するに、彼等は、自己を表現することに巧みである。自分の気持を、多少の誇張さへ混へて、正確(?)に表示する術を心得てゐるのである。やゝ警句めいた言ひ方をすれば、彼等は、最も言葉の選択に苦しんだ時でさへ、少くともその苦しさを、最も巧みな言葉で表現し得る国民であると云ひたい。
かういふ国民は、一面に、言葉のための言葉を弄し、談話のための談話に淫する弊に陥ることは免れ難く、その点、東洋に於いては、かの支那人に比すべき節もないではないが、私は、この「語られる言葉」の訓練に於いて、必ずしも仏蘭西人を引合に出す必要はないと思ふのである。言葉の上で最もギコチなくさへ見える独逸人にしても、無口を誇る英吉利人にしても、さては、自分勝手に喋舌つてゐるらしい露西亜人にしても、それぞれ、その国民性に応はしい「物の言ひ方」に、到底日本人などが真似られない「自由さ」を見せてゐるやうに思はれる。かうなると、彼等はわれわれに比較して、殆んど例外なく、「語られる言葉」の意識せざる芸術家だといふことができるのである。さういふ国民から、かの傑れたる数多き舞台芸術家を出したことは、む
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