「チロルの秋」上演当時の思ひ出
岸田國士
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【テキスト中に現れる記号について】
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)いろ/\
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
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「チロルの秋」は私の第二作であつた。それが、大地震の翌年、たしか大正十三年の十月か十一月かに、新劇協会の人々の手で帝国ホテルの演芸場で上演されたのが、私の処女上演であつた。正宗白鳥氏の「人世の幸福」と久米正雄氏の「帰去来」とがプログラムに並んでゐた。
正直に云へば、私は自分の処女上演について余り香ばしい思ひ出を懐いてゐないので、なるならば語り度くない気持が非常に強い。といふのは、私はそこで作家としてずゐぶん大きな失望を感じたからである。自分の作品を舞台のものとして見てゐるに堪へられなくなつて、劇の半で座を立つて外へ出てしまつた程であつた。
少し強く云へば、あの場合周囲の見物達に全然かゝはらないで、「幕を閉めてしまへ!」と舞台に向かつて怒鳴ることが出来たらと思つたものである。
併し、その失望の原因は、決して単に俳優や演出者の罪に嫁すべきものではなかつたのである。大部分の
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