する。市の膨張は半世紀前に比ぶれば著るしいものである。一番眼を遮るものは、數ヶ月前までは數百の煙突からたなびく黒煙のウエーヴであつた。今は防煙裝置が多分に行はれて、煙はさほどまで視線を遮らなくなつた。山河の配置は依然として舊觀を保つてゐるけれども、人家櫛比、南は堺から、西は神戸に至るまで、一つながりに軒を並べ、どこが大阪との境であるやら、さつぱり見當がつかない。昔清盛が摩耶山麓の勝地を選擇し、都を福原に遷したころを考ふれば、安治川口の界隈は、歌に詠まれた難波江の葦の叢であつたらう。今は新淀川の堤防近く、僅かにその形骸を止むるに過ぎない。かくの如く諸市合體すれば、その間の交通もまた頻繁になるから、大阪附近の電車や、バス、汽車の網は日本一に發達し、その敏速に往來し、有無相通ずる設備は完全になつてゐる。その状況は天守閣上から斑を窺はれる。太閤の計畫した雄圖は、大規模に、間然なく實現するに至つた。
 大阪見物といへば、心齋橋筋、堺筋、道頓堀、千日前、各種のデパートや、劇場であるけれども、市の大動脈である數多の運河を見なければ、市の眞髓に達したとはいはれない。試みにモートル・ボートで、毛馬の閘門
前へ 次へ
全11ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
長岡 半太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング