になつてから、ぼんやり家へ帰つた。云ふ迄もなく母は不機嫌《ふきげん》だつた。さうして黙つたまゝ、留守の間に溜つてゐた書状の束を、非難に代へて私の眼の前につきつけた。私も黙つて受取つて書斎に入つた。
 その後《おく》れ馳《ば》せの年始状や、色々な手紙の中に一枚、Eから来た端書が入つてゐた。私は遊び始めてから、暫《しば》らく周囲の友だちと会はなかつたので、何となく涙ぐましいやうな懐《なつか》しさを以て、その端書に誌《しる》された彼の伸びやかな字体を凝視《みつ》めた。それは×日に吾々親しいものだけが集つて新年宴会とでも云ふべき会をしたいから、君も是非出席しろと書いてあつた。×日と云へば今日だ。そして時間ももう殆んど無い。それにしても間に合つてよかつた。私は家に帰つてすぐ、又飛び出す体裁の悪さを考へたが、久しぶりで健全な友人たちと、快活な雑談を交す愉快さを思ふと、兎《と》も角《かく》も出席しようと心に決めた。而《そ》して一旦脱ぎ棄《す》てた外套《ぐわいたう》を、もう一度身につけた。
「また出掛けるのかい。」その様を見て茶の間の方から、母がかう言葉をかけた。
 私は鳥渡《ちよつと》辛《つら》かつ
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