か二人きりで、話したくてならぬ事があるやうな気持だつた。
 もう大分夜も更《ふ》けたので、四辺《あたり》はすつかり静かだつた。夜半からぱつたり落ちて了つた風が、たゞ時々思ひ出したやうに、雨戸の外の紐《ひも》か何かを、ぱたん/\と打ちつける音がした。二人は枕元の水をしたたか呑んで、枕を並べて寝についた、電気はもうとうに消してあつた。
 …………私はいろ/\な心持を閲《けみ》した後で、どうも眼が冴《さ》えて眠られなかつた。ふいにごとりとTの寝返りを打つのが聞えた。
「おい。まだ寝ないのかい。」と私は声をかけた。
「まだだ。どうも寝つかれない。」
 私はそこで暫らく暗い天井を凝視《みつ》めてゐた。さうして一人でふゝ[#「ふゝ」に傍点]と笑つた。
「何を笑つたんだい。」Tが闇の中から訊《たづ》ねた。
「なあに、奴らは、僕がかうして君と、此処に寝てゐるのを、夢にも知るまいと思つて。」
 Tはすぐには答へなかつた。そして暫らく経つてから、まるで別人のやうな静かな声音で、
「併し君は幸福だよ。さう云ふ友だちを持つてるだけでも羨《うらや》ましい。」と云つた。
「うむ……。」私は答ふる暇もなく、不意に瞼
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