らの正月の座敷着で、きらびやかな者どもを交へ乍ら、愉快さうに盃を挙《あ》げてゐた。彼等の間に於いても、此処と同じ警句や皮肉が、序を追うて出て来るのだつた。けれどもその調子の中には、私は思《おも》ひ做《な》しか少くとも此処に於いて在るやうな、自己誇示の響はないやうに思はれた。そこが気安い、物親しい感を起させた。……
私は此処を遁《のが》れて、すぐにも彼処《あそこ》へ行きたい気が起つて来た。それには先刻《さつき》飲んだ少許《すこしばか》りの酒が、余程強い力を以て手伝つてゐた。が、私は昨日も家を空《あ》けた事を思ひ出した。先刻家を出る時の母の訴へるやうな顔付も思ひ出した。さうして今夜は決して、さういふ巷《ちまた》へ走るまいと思ひ返した。私は頭を振つてそれらの妄念《まうねん》を消すと、又再び彼らの談話に仲間入りするために、強ひて快活な態度を取らねばならなかつた。
又|一《ひ》と頻《しき》り雑談は賑つた。すると其中にふと話題が、遊蕩といふやうな事に向けられた。而して誰が真の遊蕩児で、誰はさうでないといふやうな事から、自ら吾々個人の上に、其問題が落ちて来た。私は最近の体験から、他人より余計に発言権を持つてゐるやうな気がして、得意になつて喋《しやべ》つてゐた。
「凡《およ》そ遊蕩的分子が少ないと云つて、H位少ない者はないだらう。其点がHの短所で、又長所なんだ。併しHが遊蕩しないからと云つて、それを奇特だと云つて賞《ほ》める人は間違つてゐる。Hには初めから全然、遊蕩的分子が欠けてるんだから、其点ではHは、遊蕩を論ずる資格は絶対にないよ。」私はこんな事をさへ云つた。
Hは自分でもそんな資格はないと云ふやうに、まちり/\と笑つて聞いてゐた。
すると傍《そば》にゐたEが、それを面憎《つらにく》く感じたのであらう。突然私に向つて、こんな事を云ひ出した。
「さう云へば君だつて、真実《ほんたう》の遊蕩児でもない癖に、あんな仲間と一緒になつて、得意になつて遊んでゐるのは更に可笑《をか》しいよ。――一体君はあゝ云ふ連中と一緒にゐて、どこが面白いんだい。」Eの言葉は例によつて、短兵急に真《ま》つ向《かう》から来た。
「それや僕が遊ぶのは、彼等と別な理由があつての事だけれど。……何も彼等だつて君が思つてる程取柄のない人間でもないよ。」私は先《ま》づ謙遜に、かう答へねばならなかつた。
すると向うにゐたAが真打《しんうち》と云つたやうな格で、更に判決でも下すやうに、頤《あご》の先を突き出し乍ら鋭くかう云ひ出した。
「僕もいつかつから、君に云はう/\と思つてゐたんだが、君はあんな生活をしてゐて、ほんとにどうする積《つも》りなんだい。君があゝしてあの連中と一緒に、下らない遊びに耽《ふけ》つてゐればゐる程、僕らは君と遠ざからなくちやならない事になるよ。君はそれでいゝ積りなのかい。」
「仕方がないね。僕のほんとの気持が解つてゐて呉れる筈《はず》の、君らが離れると云ふんなら、僕は仕方がないと思ふよ。――そしていづれ時が来て、僕のほんとの気持が解つたら、又もとへ戻る事もあるだらうから。」
私はそれを聞くと、満腔《まんかう》の反感を抑へて、取《と》り敢《あ》へずかう答へた。それは私の精一ぱいの強気であつた。私はAがあゝ云つた言葉の中に、『俺に交際《つきあ》つてゐないと損だぞ。』といふやうな、友情の脅威が自ら含まつてゐるのを、何よりも癪《しやく》に障《さは》つて聞き取つたのだつた。
「それなら僕も仕方がないね。――併し、僕は何も君のために良友ぶつて忠告するんぢやないんだよ。僕らのために、いや僕自身のために君が遊蕩をやめて呉れたらいゝと思つてるんだ。君があの連中と一緒に遊び廻つてゐて、いつ行つてもゐないのみか自ら書かないやうにでもなると、僕は非常に淋《さび》しい気がするんだ。君がいつ行つてみても、あの机の前に坐つてゐて、猛然と書いてゐて呉れると、僕はどんなに心強いか、どんなに刺戟を受けるか知れないんだ。僕は君の荒《すさ》む事が、君自身に取つてよりも僕自身に取つて淋しいんだ。」
Aは更に得意の理論を以て、明快に論歩を進めて来た。私は彼の言葉に対して、何とも反駁《はんばく》のしやうのないのを感じた。が、これだけ整然と、合理的に説かれ乍ら、私は更に彼の態度に、反感の起るのを禁じ得なかつた。なあにAは彼自身、良友ぶつて忠告をしたいのに、彼自身の聡明《そうめい》さが、それを自身で知つてゐるために、わざと此忠告は此方《こつち》の為でなく、彼自身のためだと云つてゐるのだ。そして其実、彼自身の優越から来る、一種忠告慾に駆られてゐるのだ。――とかう裏の裏を見ずにゐられなかつた。かう僻《ひが》んで来ると、私はもう素直な答へが出来なかつた。
「併し僕は君らのために、生活してゐるんぢやないから
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