してゐた。するとそれに押しかぶせて、直ちにAがかう云ひ足した。
「入つて来た時は放蕩息子の帰宅だつたが、かうしてよく見ると、之《これ》から出掛ける途中に寄つたと云ふ形だね。」
「もう沢山だ。」私は幾らか本気で、かう遮《さへぎ》らざるを得なかつた。が、内心では彼等にかう揶揄《からかは》れる事に依《よ》つて、私も一人前の遊蕩児になつたやうな気がして、少しは得意にもなつてゐた。『遊ぶ』といふ事、それは私にとつて、幾らか子供らしい虚栄《みえ》も含まれてゐたのだつた。
その中に食堂が開いたので、話は自ら、別な方面へ移つて行つた。彼等はナイフやフォークの音の騒々しい中でも、軽快極まる警句の応酬や、辛辣《しんらつ》な皮肉の連発を休めなかつた。而して私も一二盃の麦酒《びーる》に乗じて、いつの間にかその仲間入りをしてゐた。
食後の雑談は、更に賑《にぎや》かに弾んだ。私は既に完全に、彼等の仲間になり切つてゐた。私は他人に劣らず饒舌《おしやべり》になつた。而して皆に劣らず警句の吐き競べを始めた。
すると、どういふ加減だつたか、私はふと妙に醒《さ》めたやうな心持になつた。それは私の警句や皮肉は、一種の努力を要するために、ふとどうかした機会があると、『俺はかうして彼らと肩を並べるために、伸び上り/\警句めいた事を云つてゐるが、そんな真似《まね》をして何の役に立つのだ。』と云ふ反省が起るからであつた。而してかう云ふ風に醒めて来ると、自分の凡才が憐まれると同時に、彼等のさうした思ひ上つた警句や皮肉が、堪《たま》らなく厭になつて来るのだつた。そこでたとひ第一義的な問題に就《つ》いての、所謂《いはゆる》侃々諤々《かん/\がく/\》の議論が出ても、それは畢竟《ひつきやう》するに、頭脳のよさの誇り合ひであり、衒学《げんがく》の角突合であり、機智の閃《ひら》めかし合ひで、それ以上の何物でもないと、自ら思はざるを得なくなつて来るのだつた。
私は急に口を噤《つぐ》んで、考へ込んで了つた。
すると其処には、自ら別な想像の場面が浮上つた。それはあの『喜撰』の二階であつた。そこの桑の餉台《ちやぶだい》の上には、此処《こゝ》のやうな真つ白な卓布を照らす、シャンデリアとは異《ちが》ふけれど、矢つ張り明るい燈火が点《とも》されてあつた。而してそれを取囲んで、先刻《さつき》別れて来たばかりの、SやYやTやが、折か
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