品師はそれをしばらく満足げに見てゐたが、そのうち兎が自分の方を見たと思ふと、いきなり妙に手の指を兎の前で開いて見せて、ぱつ! ぱつ! と四五度叫んだ。すると不思議なるかな、兎は急に耳を伏せて、ころりと眠つて了つた。
「決して死んだのではありません。此通り心臓が動いて居ります。」かう云つて彼は又案内人の方をちらりと見た。
「一種の催眠術だね。」重役がいくらか堪能して云つた。「そしてそれはいつになつたら眼を覚すのだい。」
「起さうと思へばすぐにも起きます。寝かして置けば百二十五歳までも寝て居ります。」彼は少なからず自分の警句を悦《うれ》しがつて云ひ続けた。「かうして置けば三日でも四日でも餌を食はずに寝て居ますよ。この方が騒がなくて取扱ひいゝ位です。」
「俺も一つかけて貰つて飯も食はずに寝てゐようかな。」事務員の一人がこんな事を云つた。
「なるほど騒々しくなくていゝでせうよ。」作者が事務員を冷やかした。
手品師は黙つてこの対話を聞いてゐたが、中にも重役のいたく興味を動かした表情を見てとると、益※[#二の字点、1−2−22]快活に、
「では又目を覚してお目にかけませう。」
彼は又ぱつ! ぱ
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