やつて眼をしばたゝいた。
「いゝ天気ですね。此《この》分ぢや今日は嘸《さぞ》込むでせう。」傍の事務員が話しかけた。
「天気商売をしてゐると初めて太陽《てんたう》様の有難味《ありがたみ》がわかる。」重役は窓から身を引き乍《なが》らそれに答へた。そして其《その》時自分にお辞儀をしかけた若い座附作者を眺《なが》めて、「君なぞはまだ解るまいが、浅草《こゝ》は天気模様によつてすぐ百二百は違ふんだからね。」
「何しろ今日の日曜は満員でせうな。」とその作者はまだ学生の癖のとれない抑揚で気軽に云つた。
「うむさう/\、君を褒《ほ》めようと思つてゐた処《ところ》だ。」と重役は若い人を奨励する時に誰でもするやうな表情で云つた。「今朝湯の中でうちの小屋の評判を聞いたよ。何でも君の今度の連鎖劇が大変受けてゐるらしい。」
「有難い仕合《しあはせ》です。」作者は妙に苦笑し乍ら云つた。「これからも精々いゝ種を仕入れるとしませう。」
 此の作者は今年大学を出た許《ばか》りであつた。そして単に食ふことの必要上|此処《こゝ》に入つて匿名で連鎖劇を書いてゐた。彼には一人で高級な創作をしてゆくだけの自信も無かつたし、それに加
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