ハが起ったことも、疑問の余地なき事実と考えてよかろう。そして、もし吾々がこの問題について蒐集し得る最上の典拠を少しでも信頼するならば、死亡率が、過去一、二百年の間に、ヨオロッパのほとんどあらゆる国において、低減したことは、ほとんど疑い得ない。従って、出生、死亡、結婚の率が小さくなっていながら、同一の人口が維持され、または決定的な増加が生じたとしても、単にそれだけの事実では吾々は少しも驚く必要はない。そして唯一の問題は、フランスの実情がかかる変化をあり得べきことと思わせるか否か、ということである。
さて、革命以前のフランスの下層階級の境遇が極めて悲惨であったことは、一般に認められるところである。労働の労賃は、英蘭《イングランド》の労賃がほとんど十七ペンスであった当時に、一日約二〇スウすなわち十ペンスであり、両国の同じ質の小麦の価格はそれほど違わなかったのである。だからアーサ・ヤングは、ちょうど革命勃発当時のフランスの労働階級をもって、『病者も健康者も、英蘭《イングランド》の同じ階級よりも、七六パアセントだけ衣食が悪い、』と云っている1)[#「1)」は縦中横、行右小書き]。そしてこの言葉はおそらくいささか強きに過ぎ、かつ物価の真の差異を十分に斟酌していないけれども、それにしても彼れの著書は至る所当時のフランスの労働階級の窮乏状態を示し、そして生活資料の限界を極めて緊密に圧迫している人口の圧迫を物語る記述に満ちているのである。
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1)[#「1)」は縦中横] Young's Travels in France, vol. i. p. 437.
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他方において、革命と国有地分割とによって、フランスの農民の状態が決定的に改善されたことは、普く認められているところである。この問題に言及するあらゆる著者は、一部分は耕作の拡張により、また一部分は軍隊の需要により、労働の価格が著しく騰貴したことを、認めている。プウシェの『統計学要論』には、食料品の価格がほとんど変らなかったのに普通労働は二〇スウから三〇スウに騰貴した、と述べてあり1)[#「1)」は縦中横、行右小書き]、バアベック氏はその最近の『フランス農業旅行記』Agricultural Tour in France の中で2)[#「2)」は縦中横、行右小書き]、食事抜きの労働の価格が一日二十ペンスであり、そしてあらゆる種類の食料品は英蘭《イングランド》と同様の低廉さに復している、と云っている。これをもってすれば、フランスの労働者は、一日三シリング四ペンスを得る英蘭《イングランド》労働者と同じだけの生活資料購買力を得ることとなる。しかしながら、英蘭《イングランド》の普通日傭労働の労賃が三シリング四ペンスまで上ったことは一度もないのである。
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1)[#「1)」は縦中横] P. 391.
2)[#「2)」は縦中横] P. 13.
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かかる叙述には多少の誤りがあるとしても、それは明かに、フランスの下層階級の境遇が著しく改善された事実を確証するに足るものである。しかし、この窮乏の圧迫からの解除が、死亡率の減少を伴わずに起ることは物理的不可能に近い。そしてもしこの死亡率の減少が急速な人口増加を伴わなかったならば、それは、必然的に出生率の減少を伴ったに違いないのである。一八〇二年から一八一三年に至る中間期に、人口は増加したように思われるが、しかしそれは徐々たる増加であった。従って出生、死亡、結婚の比率の減少、または慎慮的抑制の作用の増大こそが、当時の事情上吾々の期待すべきものである。人口増加率、気候の自然的健康性、及び都市と工業の状態が、ほとんど同一と思われる二国において、貧困の圧迫の強い方の国は、出生、死亡、結婚の比率も大である、という命題ほど、議論の余地なき命題はおそらくないであろう。
しからば、従来想像されているように、一八〇二年以来フランスの出生率が三分の一であるからといって、ネッケルはその乗数として二五・四分の三ではなく三〇という数を用うべきであった、ということにはならない。もし革命前及び革命以来のフランスの労働階級の状態について述べた説明が幾分でも事実に近いとすれば、右の両時期における人口の増進速度はほとんど同一であるように思われるから、現在の出生率はネッケルの書いた時期には当てはめ得ないであろう。同時に、彼れの採用した乗数が低過ぎるということも、決してあり得ぬことではない。フランスの人口が、一七八五年から一八〇二年に至る間に、二千五百五十万から二千八百万に増加したとは、いかなる事情の下においても信ずることは出来ない。しかしもし吾々が、乗数が当時二五・四分の三でなく二七であると認めるならば、こ
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