なすギリシア正教会の信徒のみを含むものである。
[#ここから表]
/結婚/出生/死亡
一八〇六年/二九九、〇五七/一、三六一、二八六/八一八、五八五
一八一〇年/三二〇、三八九/一、三七四、九二六/九〇三、三八〇
一八一六年/三二九、六八三/一、四五七、六〇六/八二〇、三八三
一八二〇年/三一七、八〇五/一、五七〇、三九九/九一九、六八〇
[#ここで表終わり]
ギリシア教会に属する人口は、四〇、三五一、〇〇〇と見積られている。
もし死亡以上に出ずる平均出生が、一八二〇年に終る一四箇年に適用されるならば、この超過のみで、人口がこの期間に八、〇六四、六一六だけ増加し、もし一八二〇年の人口が四〇、三五一、〇〇〇であれば、一八〇六年の人口は三二、二八六、三四四であることがわかるであろう。この一四箇年における平均出生超過を平均人口と比較すると、その比率は一対六三であることがわかるが、この比率は、(本篇第十一章末尾の第二表によれば)四四箇年未満で人口を倍加せしめるものであり、これは最も急速な増加率である。
出生の結婚に対する比率は四・五対一よりやや大きく、出生の死亡に対する比率は五対三、結婚の総人口に対する比率は一対一一四、出生の総人口に対する比率は一対二五・二、死亡の総人口に対する比率、すなわち死亡率は一対四一・九である。
これらの比率の大部分は、本章の始めの方に挙げたものとは全く違っているが、この方がより[#「より」に傍点]正確だと信ずべき理由があり、そしてそれは確かに、現在ロシアに進行中の極めて急速な人口増加と一致するものである。
死亡率が見たところ増大しているのは、不健康が増進したというよりはむしろ以前の記録簿が不正確なるに帰せらるべきである。今日では、一七九六年以前の記録簿の記録が極めて不完全であったことは、認められているところである。
[#改ページ]
第四章 ヨオロッパ中部における人口に対する妨げについて
私が上来ヨオロッパの北部諸国について述べたところは、その相対的重要性から見てある人々が必要と思うところに比べて、長過ぎると思われるかもしれぬが、これは、その国内経済が多くの点で我国のそれとは本質的に異っており、またこれら諸国を私自身がいささかながら自ら知っているので、未だ公衆に発表されていない若干の細目を述べることが出来たからである。ヨ
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