横、行右小書き]。しかしトルコ政府に伝統約な悪弊により、パシャとその配下は、ミリを破滅的租税たらしめる手段を発見しているのである。彼らはサルタンが設定した課税を根本的には改変することは出来ないけれども、幾多の変用を試み、これはその名こそなけれ事実増税たるの一切の結果を有つのである2)[#「2)」は縦中横、行右小書き]。ヴォルネエによれば、シリアにおいては、彼らは土地の大部分を自由にし得るので、その貸与には苛酷な条件をつけ、そして収穫高の二分の一、または時には三分の二を請求する。収穫が終ると、彼らは損失があるとこじつけ、そして自ら権力を握っているので、自己が適当と思うだけを奪い去る。不作の場合にも彼らはなお同一額を請求し、そして貧しい農民が所有しているあらゆる物を売却するを余儀なからしめる。これら不断の圧迫に加うるに更に無数の不時の搾取がある。時には全村が事実上のまたは想像上の罪過の故をもって貢納を課せられる。知事の交迭ごとに一方的にきめた贈物を取立てられ、牧草や大麦や麦稈《むぎわら》は知事の馬のために要求され、そして命令を執行する兵士が飢餓に瀕せる農民を犠牲として生活し得るよう手数料は倍加されるが、この兵士は彼ら農民を最も残虐な横暴と不正とをもって遇するのである3)[#「3)」は縦中横、行右小書き]。
[#ここから2字下げ]
1)[#「1)」は縦中横] Voy. de Volney, tom. ii. c. xxxvii. p. 373. 8vo. 1787.
2)[#「2)」は縦中横] Id. p. 373.
3)[#「3)」は縦中横] Id. p. 374.
[#ここで字下げ終わり]
かかる掠奪の結果として、貧民階級の住民は破滅し、そしてもはやミリを支払うことが出来なくなって、村の厄介者となるか、または都会に逃げて行く。しかしミリは変更が出来ないものであり、賦課額はどこからか見附け出して来なければならない。かくしてその故郷を追われたものの負担額は残留住民の負担となり、その負担は、最初は軽かったであろうが今は堪えられぬものとなる。もし彼らが二年の旱魃と飢饉に襲われるならば、全村は破滅して委棄され、そしてその村が支払うべき租税は近隣地方に賦課されることとなる1)[#「1)」は縦中横、行右小書き]。
[#ここから2字下げ]
1)[#「1)」は縦中横] Id. p. 375.
[#ここで字下げ終わり]
クリスト教徒に対する租税についても同じやり方が行われ、すなわちこの租税は同様にして、最初に定められた三、五、及び十一ピアストルから、三十五、及び四十ピアストルに引上げられ、そのためにこれを課せられた者は極貧に陥り、ついにこの国を立去らざるを得なくなるのである。かかる請求は最近四十年間に急速に増大し、その時以来、農業の衰頽、人口の減少、及ひコンスタンチノウプル正金送附量の減少が起っている、と云われている1)[#「1)」は縦中横、行右小書き]。
[#ここから2字下げ]
1)[#「1)」は縦中横] Id. p. 376.
[#ここで字下げ終わり]
農民の食物は、ほとんどあらゆる所において、大麦製の小形煎餅すなわちドウラと葱と扁豆《ひらまめ》と水だけになってしまっている。穀物を一粒も失うまいとして、彼らはあらゆる種類の野生の穀粒を穀物の中に入れたままにしておくので、これはしばしば悪い結果を生ずる。凶作の際には、彼らはレバノンやナブロウスの山中で、樫の実を集め、これを煮たり灰の中で焼いたりして食べている1)[#「1)」は縦中横、行右小書き]。
[#ここから2字下げ]
1)[#「1)」は縦中横] Id. p. 377.
[#ここで字下げ終わり]
かかる窮乏の当然の結果として、耕作技術は最も哀れな状態にある。農夫はほとんど農具をもたず、そしてもっていても極めて貧弱なものである。その鍬はしばしばまた木の下から切取った樹枝に過ぎず、しかも輪車もなしに使っている。土地は驢馬と牝牛とで、また稀れには牡牛で、耕耘されるが、これは贅沢すぎる場合である。パレスチナの如くアラビア人の襲撃に曝されている地方では、農民は銃を手にして播種しなければならず、そして穀物は黄色に熟さないうちに刈取られて、地下の穴倉に隠匿される。種穀としては出来るだけ少量しか用いないが、それは、農民は自分の生存に必要なもの以上にはほとんど播種しないからである。彼らの全勤労は、その直接の欲望充足に限られる。そして少量のパンと少量の葱と一枚の青シャツと僅少の羊毛を得るには、多くの労働を必要としないのである。『従って農民は困窮の生活をしている。しかし農民は少くともその暴君を富ましめず、そして専制主義の貪婪《どんらん》は自らを罰するのである1)[#「1)」は縦中横、行右小書き]。』
[#ここから2字下げ]
1)[#「1)」は縦中横] Id. p. 379.
[#ここで字下げ終わり]
以上はヴォルネエがシリアにおける農民の状態について記した描写であるが、これはこれらの地方を旅行したすべての旅行者により確証されているようである。そしてイートンによれば、これはトルコ領の大部分の農民の境遇を極めてよく表わしているものである1)[#「1)」は縦中横、行右小書き]。一般にあらゆる名称の官職は公売に附され、またあらゆる地位の処分を決定する宮廷内の謀議においては、万事は賄賂で決定される。その結果として、諸州に送られるパシャは極度にその請求の権力を発揮する。しかしパシャは常にその直属部下に出し抜かれ、その部下はまたその配下に誅求《ちゅうきゅう》の余地を残すのである2)[#「2)」は縦中横、行右小書き]。
[#ここから2字下げ]
1)[#「1)」は縦中横] Eton's Turkish Emp. c. viii. 2nd ed. 1799.
2)[#「2)」は縦中横] Id. c. ii. p. 55.
[#ここで字下げ終わり]
パシャは、貢納を支払い、また彼れの地位の買収費を償い、その威厳を保ち、そして事故の場合に備えるために、貨幣を徴集しなければならない。そして文武双方の一切の権力は、サルタンの代表者たることにより彼れの一身に集中しており、そして手段は思うままになるのであるから、最も早いのが最上策と常に考えられている1)[#「1)」は縦中横、行右小書き]。明日のことはわからぬのだから、彼は自分の州を単なる一時的所有物として取扱い、多年の収穫を出来れば一日で刈り取ろうとし、その後任者のことや、また彼が永久的収入に及ぼすべき損害などは、少しも顧慮するところがないのである2)[#「2)」は縦中横、行右小書き]。
[#ここから2字下げ]
1)[#「1)」は縦中横] Voy. de Volney, tom. ii. c. xxxiii. p. 347.
2)[#「2)」は縦中横] Id. p. 350.
[#ここで字下げ終わり]
耕作者は必然的に都市の住民よりもかかる請求により[#「より」に傍点]多く曝されている。耕作者はその職業の性質上一定地点に定住しており、また農業生産物は容易には隠匿され得ない。その上、借地権及び相続権は不確実である。父が死ぬと、遺産はサルタンに戻り、そして子供は多額の金を出さなければ相続権を買い戻すことが出来ない。かかる考慮から当然に土地財産に対し冷淡の風が生ずる。地方は荒廃し、各人は都市に逃亡しようと望むが、都会では彼は啻に一般により[#「より」に傍点]善い待遇を受けるのみならず、貪婪な支酎者の眼からより[#「より」に傍点]容易に隠匿し得る富を獲得する望があるのである。
[#ここから2字下げ]
1)[#「1)」は縦中横] Voy. de Volney, tom. ii. c. xxxvi. p. 369.
[#ここで字下げ終わり]
農業の破滅を全たからしめるものとして最高価格が多くの場合に定められており、そして農民は都市にその穀物を一定の価格で供出させられている。すべての大都市で穀価を低くしておくことは、トルコの政策の公理となっているが、これは政府の弱体と、大衆暴動蜂起の恐怖とから発するものである。凶作の場合には、少しでも穀物を所有しているものは一定の価格でそれを売ることを強制され、従わぬものは死刑に処せられる。そして近隣に穀物がない場合には、他地方から徴発される1)[#「1)」は縦中横、行右小書き]。コンスタンチノウプルが食糧不足になれば、これに供給するためにおそらく十州が飢えさせられるのである2)[#「2)」は縦中横、行右小書き]。ダマスカスにおいては、一七八四年の凶作のとき、人民は一ポンドのパンに対しわずか一片四分の一を支払っただけであるが、他方村落の農民は絶対的に餓死しつつあったのである3)[#「3)」は縦中横、行右小書き]。
[#ここから2字下げ]
1)[#「1)」は縦中横] Id. tom. ii. c. xxxviii. p. 38.
2)[#「2)」は縦中横] Id. xxxiii. p. 345.
3)[#「3)」は縦中横] Id. c. xxxviii. p. 381.
[#ここで字下げ終わり]
かかる政治制度が農業に及ぼす影響は多言を要しない。生活資料の減少の原因は明白すぎるほど明白である。そしてかかる減少しつつある資源の水準に人口を抑圧している妨げは、これとほとんど同等に確実に辿り知ることが出来るのであり、すなわちそれは知られている限りのほとんどすべての罪悪及び窮乏を含むものなることが分るであろう。
クリスト教徒の家族は、一夫多妻が行われているマホメット教徒の家族よりも子供の数が多い、と一般に云われている1)[#「1)」は縦中横、行右小書き]。これは驚くべき事実である。けだし一夫多妻は女子の不平等な分配を生ぜしめるので、全国の人口にとっては当然不利であるけれども、多数の妻を養い得る個人は、事の性質上当然に、一人の妻しかもたぬ者よりも、多数の子供をもつはずである。ヴォルネエはこれを主として、一夫多妻の慣行と非常な早婚によりトルコ人は若年で老衰し三十歳で生殖不能なのはごく普通だということで、説明している2)[#「2)」は縦中横、行右小書き]。イートンは不自然な罪悪が少なからず平民の間で行われていると述べ、そしてこれをもって人口に対する妨げの一つと考えている3)[#「3)」は縦中横、行右小書き]。しかし彼が列挙している人口減少の五大原因は次の如くである。
[#ここから1字下げ、折り返して2字下げ]
一、この帝国が今まで完全に免れたことのない疫病《ペスト》。
二、少なくともアジアにおいては、疫病《ペスト》にほとんど常に伴生する恐るべき数の疾病。
三、アジアにおける伝染病及び風土病、これは疫病《ペスト》そのものと同様の恐るべき暴威をたくましくし、そしてしばしば帝国のこの地方を襲うものである。
四、飢饉。
五、最後に、常に飢饉に伴生し、しかもこれよりも大きな死亡を生ずるところの、数々の疾病4)[#「4)」は縦中横、行右小書き]。
[#ここから2字下げ]
1)[#「1)」は縦中横] Eton's Turkish Emp. c. vii. p. 275.
2)[#「2)」は縦中横] Voy. de Volney, tom. ii. c. xl. p. 445.
3)[#「3)」は縦中横] Eton's Turkish Emp. c. vii. p. 275.
4)[#「4)」は縦中横] Id. p. 264.
[#ここで字下げ終わり]
彼は、その後に、帝国各地方における疫病《ペスト》の暴威をもっと詳しく述べ、そして結論を下して、もしマホメット教徒の数が減少したとすれば、かかる結果を生ずるには、この原因一つだけで十分なのであり1)[#「1)」は縦中横、行右小書き]、そして事態が現状のままに進むとすれば、トルコの人口は一世紀経てば絶滅してしまうであろう、と云っている2)[#「2)」は縦中横、行右小書き]。しかし、この推
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